寺脇さんの生立ちと海外歴を教えてください。
日本で2歳まで過ごして、2歳から9歳までの7年間、アメリカのニュージャージー州に住んでいました。 9歳から12歳までの3年間は日本で過ごして、12歳から16歳までは中国の上海で暮らしていました。その後、16歳で日本に帰ってきて、慶應義塾湘南藤沢高等部に入学し、大学は、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)の総合政策部に進学しました。
上海にいた時は、中国系のインターナショナルスクールに通っていたので、この時期に、英語だけでなく中国語も勉強しました。最初の1年で中国語の基礎を身につけて、それから応用力を身につけました。
日本語は、家族が日本人なので会話はできたのですが、漢字が書けなかったので、9歳で帰国した時に苦労しました。
英語を一番勉強したのはいつですか?
英語を一番勉強したのは、上海にいた中学2年生の時ですね。英語の授業で、毎週500文字のエッセイを2、3個、書く宿題がありました。例えば、与えられたテーマに対して、「agree / disagree」のどちらかの立場をとってエッセイを書きます。特に、高校受験のタイミングと重なっていたので、毎日膨大な量のライティングをこなしていました。
イギリス人の先生が積極的で、英語の授業は全部パワーポイントで視覚的に刺激されるような画像や動画を使って授業をしてくれていたので、学ぶ意欲と学習効果を高めてくれたと思います。それから、昔の詩を読んで、その詩の音や言葉を解読したり、英語の細かいニュアンスも熱心に教えていただきました。
英語学習で、心がけている習慣はありますか?
わからない事があった時に、わからないままにするのではなく、わかるまで調べるようにしていました。さらに、覚えた言葉を意識的に使うようにしています。単語の意味だけでなく、例文を通して使い方まで学んで、実際に使う、つまり、インプットとアウトプットの両方を行うようにしています。
IGCSE(国際中等普通教育証明書)についても教えてください。
IGCSE は、イギリスなどで使われていて、大学進学の際、入学許可の資格に代わるものです。世界中100ヶ国以上が使用しています。
高校は、慶應義塾湘南藤沢高等部に進学されましたが、入試はどんな内容でしたか?
国語、数学、英語の3教科です。
3教科の中では、数学の難易度が一番低かったと思います。
英語の問題は、帰国子女でもかなり難しいと言われていました。内容は、文法や読解、単語の穴埋めが中心だったと思います。試験に合格した人たちは、ほとんど英検1級を持っているようなレベルだったので、かなり難易度が高いものでした。エッセイの試験はなかったですね。
国語は少し変わっていて、難しかったです。内容は、読解問題が中心でしたが、例えば、「窓があって、その窓の向こうに何が見えますか?」という自由記述の問題など、ちょっと特殊で、内容の読めない問題が多い印象でした。
募集人数は、1学年80名で、50名が帰国子女で、30名が地域調整枠という日本の各地域から調整して、人数を決めて何名か選ばれるようになっています。
受験対策として私は、上海の駿台予備校と東進ハイスクールに通って勉強しました。
海外と日本における授業の違いはありましたか?
日本の授業は、先生の話を座って聞き、ノートの取ることが中心ですよね。一方で、海外では、先生と生徒同士が対話をしながら学んでいく授業が多かったです。海外では、弁論や発表をして、先生だけでなく、生徒からもフィードバックをもらう授業がありました。
日本とは違って、自発的に考察して、自分の意見を骨付けして発表することが求められるので、自分の視点を持って考察する力を学ぶことができたと思います。
日本に帰国して英語を使う機会は減ると思いますが、どうやって英語力を維持していますか?
慶應SFC高等部の英語の授業は、海外の授業と同じような内容だったので、英語を使う機会はたくさんありました。頻度が減ってきた時は、意識的に洋書を読んだりしています。洋書を読むことは好きだし、語彙も増えるので、よく読んでいますね。
洋書は、1週間に1冊ぐらいのペースで読んでいて、「PS. I Love You」や「プラダを着た悪魔」、「トワイライト」など好きなジャンルの本を読んでいました。
一番好きなのは「Remember Me?」という恋愛小説で、もう30回くらい読んでいます。簡単に内容をお話すると、強いコンプレックスを持っている女性が、ある日、健康を喪失してしまって、眠りから目覚めると完璧な自分に変わっているんです。はじめはその生活を楽しむのですが、だんだん窮屈に感じてきてしまって、だんだん昔の自分の面影を見つけだしていくという話です。
海外にいた時に、辛かった体験はありますか?
歴史の授業で、第二次世界大戦の話をするときに、日本の神風を先生がちょっと茶かしたりするんですけど、結構そういう細かいところに傷つきましたね。上海にいた時は、友達のお父さんが日本人は嫌いって言ったり、自分の国に対するコンプレックスを感じたこともありました。逆に、子ども同士は、国籍に関する確執とかは全くなかったですね。
バイリンガルになったことで、どのように人生が変わりましたか?
多くの人が言うように、外国の人たちと会話ができることは大きいと思います。
さらに、私が感じていることがあります。私は、日本語と英語と中国語を使うことができますが、色んな言語が話せることで、理解できるニュアンスとか、表現できる微細なニュアンスが増えて、自分の世界観が豊かになると思います。理解できるニュアンスが増えることで、細かい言葉の背景であったり、昔の文章や文献などの理解にもつながります。
理解できる世界と発信できる世界が広がることが、複数の言語を身につける魅力の一つだと思います。
将来はどんなことをやりたいですか?
自分自身の自己像をしっかりと作って、それを外に発信するのがすごく好きなので、自分で雑誌を作って、個展や展示会を開催したいです。海外でも自己発信が続けられるような仕事に就きたいという気持ちがあります。
歌も歌いますし、雑誌を作ったり、写真を撮ったり、絵を描いたり、いろんな表現をしていきたいです。
子どもの英語学習におすすめの本を教えてください。
The Giving Tree
日本語版は「大きな木」というタイトルです。
男の子が木と一緒に成長していくお話です。読者の年齢によって受け取るものが変わってくるので、何歳になっても面白いと思います。
My Father’s Dragon
「エルマーの冒険」
絵がカラフルで、小さい子におすすめです。
私は11歳年下の弟がいて、弟に読ませました。
Miss Nelson
先生と生徒のお話で、先生が、悪い先生と良い先生の2つの人格を持っていて、生徒が言うことを聞かないと、悪い先生像が出てきて、やっと良くなると、また良い先生が帰ってくるっていうお話です。
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