福岡市の中心から西に20キロほど離れた伊都地区に、九州大学の伊都キャンパスがある。275haの広大な敷地に、近未来的な建物群。郊外ではあるが交通の便は非常に良く、空港や博多駅から大学までは直通の電車が走っている。付近には学生のためのアパートや飲食店が建ち並び、ひとつのコミュニティを確立している。
九州大学は現在、これまで分散していたキャンパスをここ伊都キャンパスへと統合を進めており、これにより全体の約3万人の学生と教職員が一同に会し、国公立大学では日本で最大のキャンパスになる。
九州大学の副理事であり、また平成30年4月に新設された共創学部の学部長に就任された小山内康人(おさないやすひと)教授に、九州大学の魅力や、新しい共創学部について伺った。
地質学がご専門の小山内学部長。地質学の魅力について「大陸があるというのは太陽系の惑星の中で地球だけが持つ特徴のひとつ。40数億年まで遡って地球の成り立ちを調べることにより、地球の未来が見えてきます」
外国人留学生とルームシェア ― グローバル化は日常生活から
「特徴的なのは学生寮です。九州大学には2千数百人もの海外からの留学生が在籍しており、これは今後ますます増えていくわけですが、学生寮では、留学生と日本の学生とが一つの部屋をシェアして一緒に暮らしています。言葉や文化の壁を乗り越え、異なる背景を持つ相手を理解し合いながら、一緒に学んでいくということは、国際化の時代を生きていく学生たちにとって非常に価値のある経験となります」
日本人学生と外国人留学生が共に暮らすドミトリー。1と2を合わせると約500名の学生が居住できる。九州大学HPより抜粋。
海外に留学する学生の数は日本でトップ ― スーパーグローバル大学として国際化をけん引
九州大学は文科省の定めるスーパーグローバル大学タイプA(トップ型)として3年目を迎える。その取り組みと実績について伺った。
「スーパーグローバル大学として様々な事業を推進するために特別な組織を作り、多数の専属スタッフが対応を進めています。留学生の数を今後10年で倍に増やそうとしていると同時に、日本人学生もどんどん海外へ出て活躍してもらうべく「トビタテ!留学JAPAN」という制度を取り入れて4年目になります。
これは、文科省が支援企業と連携して海外に留学する生徒を支援する奨学金制度で、世界で活躍できる人材を育成しています。もともと九州大学は海外留学する学生が多かったのですが、この制度が始まったことによりついに一昨年、留学に行く学生の数が全国トップになりました。昨年は一位ではありませんでしたが、トータルでは本学がトップです」
全ての分野で世界トップ100大学入りを目指して ― 世界の九州大学という位置づけ
創立100周年を迎えた2011年に、久保総長が掲げた「躍進百大」というスローガンも、スーパーグローバル大学タイプAの採択大学として求められている国際力とリンクしている。
「世界の大学ランキングにはいくつかの指標がありますが、現在どれをとってみても九州大学は国内で5~8位くらいのところに位置しています。それを国内トップへと躍進させるという理念です。それはアジアでトップクラスに位置することを意味し、すなわち世界でトップ100の大学へと発展していこうというものです。
タイムズハイヤーエデュケーションという世界大学ランキングの、インダストリーインカムという指標、つまり企業との連携がどれだけ進んでいるかということですが、これが突出して高く、国内トップクラスです。例えば九州大学マスフォアインダストリ研究所という、数学をあらゆる産業に結び付け、数学ベースのイノベーションを進めることを目的とした、国内ではきわめて珍しい研究所があります。このように企業との協働や連携を推し進めていくことは、大学の発展に非常に重要だと考えています」
広大な敷地は6つのゾーンに分かれている。まるで街の中に入るようなセンターゾーン入口。九州大学HPより抜粋。
現在の日本のどこの大学にもない全く新しいタイプの学部 ― 共創学部とは
このたび50年ぶりに設置が認められた新しい学部「共創学部」は、いったいどんな学部なのだろうか。
「一言でいうと、人類が抱える諸問題を解決する方法を見出す学問です。
世界には既存の学部がたくさんありますが、それらは専門の学問をどんどん追及していく教育が行われてきて、最終的にそこから得られる人材は、専門性の高いプロフェッショナルです。もちろんそれは大切なことなのですが、一つの課題を解決するには、ある分野の専門家だけがいても難しいですね。
例えば地球温暖化を例に挙げると、これは気象学や地学の分野ですが、その専門家がどんなに研究しても、温暖化を食い止めることはできません。温暖化をもたらした原因は何かというと、CO2ガスが排出され大気中に拡散して温室効果ガスが増加するという、人類活動そのものです。ではCO2を削減するためにはどうしたらいいか、というと国際政治や経済活動に関わってきます。あるいはひょっとしたら民俗学や宗教学とも繋がってくるかもしれません。このように、一つの学問分野では解決できない課題がたくさんあるのです。
つまり人類が明るい未来に発展していくためには、世界が抱える諸問題をあらゆる学術分野を駆使しながら解決していく必要があり、それを具体化するのがこの共創学部です。私たちは文系理系を問わずさまざまな分野の専門家を束ねるコーディネーターを育成することを目的に、これまでの日本の大学にはなかった、全く新しいタイプの教育を提供するという、非常にチャレンジングな一歩を踏み出しました」
海外留学は必須 ― 英語力とコミュニケーション能力を武器に世界へ
では、共創学部の学生はどんな4年間を過ごすのだろうか。
「正直に言うと、とても大変です。教育のポイントは5つあります。
一つ目は「徹底した語学教育」です。日本人学生には英語教育を、留学生には日本語教育を徹底的に行います。九州大学では12番目の学部になりますが、他の11学部とは違う特別な英語クラスが用意されています。
二つ目は「課題解決型のカリキュラム」で、人類が抱える課題を、ウイルスや感染症といった細胞や分子レベルの課題から、地域紛争や宗教問題といった、人間が集まってできた社会の課題、そして移民や難民問題など政治的な、社会が集まってできた国家の課題、さらには地球温暖化や大規模災害といった地球レベルの課題と、4つの領域に分けて、複数の学問分野を横断的に学び、問題を解決する方策を見出す教育課程です。
三つ目は「実践的な協働学習」、共創学部はそれぞれの専門家をコーディネートし取りまとめていく役割ですから、人とのコミュニケーション能力が不可欠です。これを学習するためのチーム型学習にて、他者と協働して課題を解決するスキルを身につけます。
四つ目は「海外大学への留学必修化」です。人類が抱える課題は地球規模ですので、その現場に踏み込んで体で感じることは非常に重要なことです。2年次または3年次に、全員が海外へ留学をします。一つ目に挙げた徹底した語学教育は、この留学生活で必要な、学問のディスカッションができる英語力、言葉の壁を乗り越える会話能力を身につけるためなのです。
五つ目が「留学生とのクラスシェア」、これは日本人学生と外国人留学生が共に学ぶ授業スタイルです。互いに助け合い、時には議論をし、高い専門性と国際性、違いを乗り越えられる高度なコミュニケーション能力を身につけます」
センター試験の英語は民間試験の点数を提出できる ― 独自の入試形態
共創学部では、知識よりも人物を見極める入試に転換していきたいという思いから、AO入試、推薦入試、一般入試、国際型入試と4つの幅広い入試形態を取り入れている。
105名の定員のうち65名と、最も人数が多い一般入試では、1次試験のセンター試験の英語の代わりに、4技能試験の外部試験の点数を提出できる。英検、TOEFL、IELTS、TEAP、GTECの5つの民間試験が採用されていて、例えば英検なら準一級以上、TOEFLなら80点以上でセンター試験250点満点とみなされる。
「大学入試は一発勝負ですので、その日たまたま体調が悪いとか、緊張感で自分の実力を出せない場合があります。もちろん当日のセンター試験に一番いい状態を持っていくことができれば素晴らしいですが、民間の試験で自分の最高のパフォーマンスの結果として残した成績があるならばそちらを生かせばいいと思います。また、センター試験では見られない、書く能力、話す能力を持っている人の方が、海外留学にも対応しやすいなどの、民間試験の利点もあります」
また一般入試でありながら志望理由書の提出が必要であったり、二次試験では数学・英語の他に小論文があり、問題を解くというよりも、論理的に物事を考えられるかどうかを見極めるなど、良い人材を養成するためには良い学生に入学してもらいたい、という思いが感じられる独特の試験形態となっている。
伊都キャンパスの中心、椎木講堂のホール。約3000人の収容が可能。九州大学HPより抜粋
小山内学部長は地質学・岩石学がご専門で、調査のために南極を4回も訪れているそうだ。そんな小山内学部長に、もし時間や場所やお金の制限がないとしたらどんな授業をしたいか、夢の授業について伺ってみた
「人類で初めて、火星に降り立って、そこで学生たちに地球とは違う惑星の成り立ちを教えたいですね。でもこれは、そう遠くない未来に、あり得る話だと思いますよ」
地球規模で研究を続けてきた小山内教授は、地球規模の課題解決に取り組む学問である共創学部の学部長にまさに適任であろう。自然あふれる伊都キャンパスから、地球のために世界で活躍する人材が羽ばたいていく、その第一期生がこの春入学した。未来への挑戦を続ける九州大学には、今後も注目と期待が集まることだろう。
この記事は、2017年10月6日、ラジオ”In the Dreaming Class”の内容です。