グローバル化が急速に進む時代の中、日本においても国内という枠にとらわれることなく、あらゆる面で世界へ目を向ける人々が増えてきました。ラジオのゲストであるWatanabe Office 代表渡邊和子さんは、イギリス留学を希望する小~高校生達を38年間支援し続けています。今回は、渡邊代表にイギリス教育の実態や日本の教育との違いについて教えていただきました。
イギリス教育のかたち
変化する未来に必要な力を、子ども達が自ら養うシステム
イギリスが目指す教育について教えてください。
イギリスの教育が目指すものとは、誰もが人間としての幸せを感じ、長い人生を有意義に生きていくということです。今日、時代の流れは非常に速くなっています。急速に変化し続ける社会の中で、有意義に生きる力を持った人間を育てるためには、時代とともに教育も変化していかなければなりません。
イギリスの教育は、時代の変化に対応することにとても優れています。それは、イギリスの大人達が、次世代に必要な力とは何かということを常に考えているからです。彼らは、現在の子ども達が成長して社会へ出ていく時に、どんな力が必要になるかということを真剣に考え、未来を見据えた教育を行うように努めています。
次世代に必要な力とは、どういったものなのでしょうか?また、イギリスではその力をどのように養っているのでしょうか?
これからの時代に必要な力とは、コンピュータのように膨大な知識や情報を持つことではなく、その膨大な情報を選別する力や新しいものを生み出す力、すなわち思考力や創造力が求められるようになります。
イギリスの学校では、授業において、先生がただ答えを教えるのではなく、なぜその答えにたどり着くのかということを生徒に考えさせるようにしています。この考えるという過程を大切にする理由は、子ども達に物事の答えは1つではないということを知ってもらうためです。世の中にははっきりとした答えのない問題が溢れており、1つのものに対して1つ以上の答えが存在します。受験勉強のために「これが1番良い答えだから、これを覚えなさい」と教えてしまうのではなく、あらゆる人の考えをお互いに聞き合うことで思考を深め、自分なりの答えを導き出すことが、思考力や創造力を養うことへ繋がるのです。
思考力や想像力を養うための授業を行っているということですが、イギリスの具体的なクラスの様子を教えてください。
1クラスの人数は少なく、授業では常に自分の意見を言い、人の意見を聞くことがベースとなっています。単純にA=Bであるという事実を先生が伝え、それを生徒が覚えるのではなく、どうしてA=Bであるのかを生徒自身が考え、意見を交わしていきます。日本では、手をあげると正解を言わなければいけないというプレッシャーのようなものがあるかもしれませんが、イギリスではこのスタイルが当たり前となっているため、自分の意見を発言するという行為に対して、何のプレッシャーも加わりません。
考えるという行為はコンピュータにはない、人間のみが持つ能力であり、また人間として生きる楽しさを感じることができるものです。授業の中で、お互いに意見を交わしながら問題を追及していくことに、生徒達は楽しさを感じながら成長することができるのです。
イギリスの「お受験」事情
国に関係なく、各学校が提供する制度や教育内容を知ることが基本
Watanabe Officeでは、38年の歴史を持ってイギリスへ留学する小、中、高校生をサポートしていますが、Watanabe Office を通じて留学する子ども達の数や年齢層の変化について教えてください。
Watanabe Officeでは、毎年20名ほどの学生を受け入れており、現在は80名強が在籍しています。38年の中で合計1000名弱の学生が留学していきましたが、昔と今を比べた時に、38年前の留学生は高校生がほとんどでしたが、ここ10年ほど前から小学生の留学希望者がどんどん増えていきました。現在では、毎年出発する子ども達の半分~3分の1は小学生となっています。
留学する生徒の低年齢化が進んでいるようですが、この変化にはどのような背景があるのでしょうか?
急速に変化する社会の中で、グローバル化が進み、世界中の人達と関わり合いながら生きていかなければならない時代になりました。このような時代で生きていく力を養うために、日本人だからといって日本の教育を受けるのではなく、目線を国外へ移し、世界の中からより良い教育を選ぶといった考えが生まれるようになりました。日本国内においても、いわゆる「お受験」のように、低年齢のうちから良い学校へ入るという意識が高まってきましたが、その傾向が国内の学校へ進学するという考えに止まらず、海外の学校へも目が向けられるようになったのです。
イギリスにも日本のような「お受験」はあるのでしょうか?
イギリスにも受験はあります。イギリスでは13~18歳までの子ども達が通う中学校をシニアスクールと呼び、12歳の終わり頃に試験が実施されます。しかし、イートン校やハーロー校などといったイギリスの名門シニアスクールの場合、通常の入学試験の1年~1年半前に一次試験が実施されます。そのため、まずはプレップスクール(プレパレーションスクール)と呼ばれる小学校へ入るための試験を受けることが主流になっています。
プレップスクール(プレパレーションスクール)とは、どういった学校なのでしょうか?
プレップスクールとは8~13歳までの子ども達が通う小学校であり、寄宿制度を設けている学校が多いです。イギリスには寄宿学校の伝統があり、そこでは知識だけではなく、人間関係の構築方法や話し方、思考力と創造力、マナーなどといった、社会に出ていくために必要な力をあらゆる面から教育しています。名門校として世界的に有名なシニアスクールへ通う生徒達のほとんどは、このプレップスクール出身者となっています。
イギリスに受験があるという事実は日本と同じですが、日本の受験との大きな違いは、知識だけで判断されるのではなく、一人の人間としてどれほど素晴らしい人材なのかということが見られるというところです。
これから学校へ進学する子ども達やその保護者が、イギリス留学を選択する際にどのような方法で学校を選ぶことをお勧めしますか?
まずは学校の名前にこだわらず、それぞれの学校で行われている教育の中身を知ることから始めるべきだと思います。イギリス留学のパターンは人それぞれであり、寄宿制の学校もあれば通学制のものもあります。もちろん学校によってそれぞれの校風や教育方針も異なり、これは日本の学校と同じです。また、イギリスへ留学することが、全ての子ども達にとって最良というわけでは決してありません。日本の国内外に関わらず、それぞれの子ども達にとって合う教育、もしくは受けさせたい教育とはどういったものなのかをよく考え、よく話し合いながら決めていただくことを勧めます。
イギリスの大学入試
これまでの教育で培われたスキルが、大学入学後の学問追及へのベースとなる
イギリスの大学入試について教えてください。
まず、日本とイギリスでは根本的にシステムが異なります。日本では、学校へ通った年数や学校の成績が評価の対象になり、卒業証書が大学受験へのパスポートとなります。
しかしイギリスの場合は、学校の出席日数や通った年数、成績は一切関係ありません。どこで何年勉強しようと、たとえ家に引きこもりながら勉強しようと、全国統一の試験を受けるだけという、とてもシンプルな制度を採用しています。
イギリスには大学入学のための全国統一試験が2段階あり、1回目が16歳、2回目が18歳で実施されます。これらの試験に向けてどこの学校も同じカリキュラムが定められています。日本のように各大学で入試が設けられているということはなく、この2つの試験結果によってどこの大学へ行けるかということが全て決まります。
この2つの全国統一試験は、それぞれどのような内容となっているのでしょうか?
16歳の時に受けるテストはGCSE(General Certificate of Secondary Education)と呼ばれ、レベルはだいたい日本の中学3年生程度となります。内容は広く浅く出題され、一般的に8~10科目を受験します。そして18歳の時に受けるテストはGCE-Aレベル(General Certificate, Advanced Level)と呼ばれ、このAレベルという試験は専門課程の内容が出題されます。大学で自分が学びたい分野に目標を合わせ、GCSEの試験後の2年間を使って専門分野を勉強し、Aレベルの試験では3~5教科を選択して受験します。例えば、医学部へ行きたい学生は理科を3教科受験するという形や、美大を目指す学生はアート、美術史、デザインといった3教科を選択する場合があります。Aレベルの試験はGCSEとは異なって受験教科数が少ない分、内容は非常に深い所まで追求され、難易度も高いです。
試験のために、高校生たちはそれぞれどのように学習を進めていくのでしょうか?
Aレベルの試験は、生徒それぞれが自分の学びたい分野に合わせて受験をするため、学習内容は一人一人異なります。しかしイギリスの学生に共通することは、Aレベルの試験へ向けて学習を進めている時点で、誰かに「教えてもらう」ということはしません。自分で調べた後に先生からアドバイスを貰うという、まるで日本の大学のゼミのような勉強方法が定着しています。これまで受けてきた教育の中で、考える力がしっかりと養われているので、答えを「教えてもらうもの」だと思って待っている学生はいないのです。また、一人一人が自分のやりたい学問をしっかりと理解し、それをどのように追及していくかという学習方法もよく分かっています。
このような受験制度と教育の中で育った子ども達が大学生になると、学生同士の意見交換は授業内だけでは止まらず、授業外においても自然に行われるようになります。自分の意見をどんどん発し、他人の意見を吸収することで、お互いをさらに高め合っているのです。
この記事は、2017年8月25日、ラジオ”In the Dreaming Class”の内容です。