自分の子どものような存在である生徒に自分の経験を伝えたい 早大 中尾さん


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中尾さんの海外歴と学校歴

0歳〜13歳 アメリカ メリーランド州
6歳〜9歳 小学校 High Point Elementary School
10歳~13歳 中学校 George Fox Middle School
14歳 高校1年目 アメリカOld Mill High School
15歳〜18歳 同志社国際高等学校(京都)編入
18歳〜現在 早稲田大学 国際教養学部

 

英語の所持資格

英検1級

両方が混じりあった人

-ご自身のアイデンティティは?

私は日本人でもなくアメリカ人でもなく、両方を持っている人だと思います。
私の父親はホンジュラス人、母親は日本人です。アメリカで生まれ育ったので自分は絶対にアメリカ人だと思っていました。
自身も高校の時に渡米し、長い間アメリカに暮らしている母親の「子どもにも両方のアイデンティティを持ってほしい」という願いから私は1年だけという約束で単身日本の高校に入ることになりました。
日本に行くと決まった時は、日本には馴染みたくないし日本人にはなりたくないと思っていました。

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Old Mill High Schoolでのクラス。中央ピンクの上着が中尾さん

約束していた1年を終えると、日本にいたいと思うようになった

-日本に来て苦労したことはありますか?

日本の高校へ編入したときは、日本語力が低く、片言で人とコミュニケーションを取っていました。毎年夏に1ヶ月ほど日本の小学校に通っていたのですが、敬語を始め日本のことは全くと言っていいほどわかりませんでした。
高校では寮に入りました。始めは先輩と後輩の上下関係もわからず、先輩に向かって敬語を使えず、寮のルールを知らずに怒られた経験が数々ありました。最初の一年は何度もアメリカに帰りたいと思いましたが、クラブ活動に入部し、同じような境遇の仲間ができて、次第に私も頑張ろうという気持ちになれました。そして、一年経った時には自分からそのまま日本に残ることを決めました。

良きライバルと共に覚える毎日

-日本での毎日はどんな様子でしたか?

同志社国際高等学校では、英語以外のすべての科目を日本語で学ばなければいけなかったので、最初は漢字や各教科で学んだことを暗記する作業で精一杯でした。同志社では、帰国生のためにMクラスという少人数で行う授業があり、そこで私は先生や自分と同じ日本語力が高くない同級生4人と共に頑張りました。漢字は難しく、特に日本史で覚えなければいけない歴史上の人物名や戦争の名前などは手ごわく、日本語で学んだことのない私たちには大きな壁でした。古典、化学や物理などはとても難しかったですが、同級生と点数を競い切磋琢磨したことはとても良い経験でした。また、日本の文化にもっと触れられるようにと、Mクラスで京都にある有名なお寺を訪れたこともあり、日本についていろんなことを学ぶことができました。

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日本語補習校のクラスメイトと一緒に中学校の卒業式。後列中央が中尾さん

「ノートに書いて辞書で調べる」の繰り返しが私の基本

-日本語をどのように身につけたのか?

日本語を習得するため、日本語教師をしていた母にアドバイスをもらっていました。まず高校に入って漢字の壁を乗り越えなくてはならなかったので、教科書に出たわからない漢字をノートに書き、電子辞書を使い日本語で意味を引きました。また、大事な文章はノートにひたすら書き写すということも行っていました。
ある程度漢字がわかってきて、やっと壁を乗り越えたら次は読めるけど意味がわからない、理解できていないという壁に当たりました。今度はわからない文章は類義語辞典を使い、より優しい言葉にして理解していきました。その後、アルバイトを通じ、敬語や丁寧語も学ぶことができ日本語が使いこなせるようになりました。それでも、紙のノートを使って書き留めることは当時とても役立ったので、今でも紙のノートを持ち歩いて使用しています。

英語と日本語両方で授業が受けられる

-なぜ今の大学に進学を決意したのか?

英語で授業を受けられると共に日本語の勉強が継続できるような大学を探していると、早稲田大学や上智大学が見つかりました。高校三年間無事に終わっても、まだ自分の知らない日本の文化や日本語自体をもっと学びたかったので、日本で大学に進学することにしました。その後、大学の見学に行った中で早稲田大学のキャンパスの雰囲気がとても気に入ったので早稲田大学に入学しました。

2つの視点を持って両方の良いところが理解できる

-バイリンガルでよかったと思えた瞬間とは?

両方の国に住んで、言葉だけでなくしっかりとそこに根差している人と同じように考えることができるようになったことがよかったです。日本人の敬意とか、日本の和の美しさとか、アメリカ人の自分のままでは理解できなかった部分が、今はより深く理解できるようになりました。日本の歴史も高校で初めて学び、住んで色々な経験を積んだからこそ日本人の視点も持つことができたのだと思います。
日本語がわかるようになり、コミュニケーションが取れるようになり、日本人としてふるまえるようになってからは、自分は両方の良いところを知っている国際人だと自信を持って思えるようになりました。

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高1のテニスの試合

自分が経験してきたことで子どもをサポートしたい

-将来実現したい夢は?

私の夢は子どもから尊敬されるような先生になることです。母親の影響もあり、教師という職業をかっこいいと思い、自分が持っている知識や言葉で子どもに教えることに憧れていました。キャタルで働き始めたころは、遅刻が多く、先輩から注意されました。それがきっかけで、教師が模範になれないようではいけないですし、私は絶対に教師になりたいと再確認しました。
自分が言語習得で苦労したからこそ、生徒の気持ちがわかる教師として、今、英語を学んでいる子達に教えてあげたいと気付くことができました。アメリカと日本で学んだ価値観を自分の生徒たちに教え、立派に成長していく姿を見ていきたいと思っています。

-どんな先生になりたいですか?

キャタルで働き始めてから、素晴らしい先輩達のようになりたいと思うようになりました。私は、生徒がわかった時の表情がとても好きで、生徒からアドバイスを聞かれると自分が信頼してもらえて、役に立っていると感じました。大学2年生時と3年生時にカンボジアとラオスに英語教師として行き、全然英語がわからない生徒にどういう風にしたらわかってもらえるか考えさせられました。その時、授業が終わったあと外で一緒に遊び友達としてもいい関係を築けました。それから、生徒に対しては、英語を教えるだけではなくもっと生徒自身をケアするように心がけました。
これらの経験から、大学を卒業したらアメリカのコロラド州で障害児教育の教師になることにしました。先生として教師経験から学んだ勉強法や気遣いを役立てたらいいなと思っています。

一歩ずつ進んでいったら将来すごい力が得られる

-現在、英語を学ばれている方へのメッセージ

自分の興味を通して英語を学ぶととても楽しい経験ができると思います!自分の好きな英語の音楽、テレビ番組や映画を探して英語を楽しく習得することが良いですよ。色々な壁にぶつかると思いますが、将来得られる力を考えながら取り組むと頑張れると思います。理想と現実が離れていると苦しく感じてしまうけれど、”one step at a time” で一歩ずつ進んでいったら良いのです。言語の習得は何歳でもできます。ちょっとずつやっていけば必ずたどり着けるのであきらめないでください!

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同志社国際高等学校の卒業式。左が中尾さん

今年映画化された名作

-子どもの英語学習におすすめの洋書1冊

Roald Dahl “BFG”

お勧めする理由は、現実とファンタジーが混じり合うお話で、絵も少し含まれているので想像しやすく、とても読みやすいからです!私は中学生の時に読んだのですが、すごく寂しい家庭に育った小さい女の子が、巨人と友達になり、人に見えないように隠したり、一緒に遊んだりするお話です。今年映画になるので、映画と合わせて読んでほしい一冊です。


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