「自分で考える」子を育てる英国教育


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イギリスの小学校は「教育のディズニーランド」

イギリスの教育(※)は、たくさんの選択肢を子どもに与えてトライさせ、「自分探し」をさせるのが学校、という考え方に基づいています。アクティビティ (クラブ活動)の数も大変多く、授業も16科目。いろんなことにチャレンジをしてみて、自分に何が向いているのか、何が楽しいのか、自分で考えて決めさせます。イギリスの学校は、「教育のディズニーランド」のようなもので、どれにいくつ乗ってもいいのです。所属するクラブの数にも制限はありません。また、それぞれのアクティビティを本格的に行うための施設、設備、道具が用意されています。理科の実験でも、図工でも、全て材料やツールは子ども用ではなく本物を使わせるので、興味を持ったことを極めたければ、いくらでもステップアップできる環境が整っているのです。

※ここで言う「イギリスの教育」とは、全英の学校の約7%にあたる私立校で行われている教育のことです。イギリスではまだ階級社会が根強く存在し、この7%の人達が名門オックスフォード大・ケンブリッジ大の半数を占め、政財・金融界の7割を占め、裁判官の8割を占めているのが現実です。

 

人間社会で生き抜いていく力をつけさせる

イギリスの私立校は、今の社会にいかにフィットする人材を育てるかということを基準に、教育を改革し続けています。非常にプラクティカル(実践的)な教育といえるでしょう。日本のように画一的に「教えて育む」のではなく、人として、社会人として、人間社会で生き抜いていく力をつけさせるのが、イギリスの教育です。

 

教師は「教える」存在ではなく、「子どもが自分で答えを出すための最小限の手助け」をする存在

たとえばアクティビティを選ぶ際、先生は「こうしたら?」「あなたにはきっとこれがいい」といった指図は決してしません。まずは子どもたちに自分で組み合わせを決めてやらせます。そこで「先生、やっぱりこんなにやったら疲れちゃったよ」と相談に来たとき初めて、「じゃあどうしようか?」と相談に乗ってくれる相手なのです。あくまで子どもの自主性を重んじ、自分で答えを出すための最小限の手助けをします。だから、子どもたちは「自分で人生の舵取りをしている」という自信がついてきます。叱るときも、頭ごなしに「だめでしょう!」という叱り方はしません。何が悪かったのか、今後どうしたらいいと思うか、子ども自身に考えさせ、ディスカッションをします。そして、子どもと約束したことであれば、その親から何か言われても、決して子どもとの約束を破りません。こうして、日常生活の中で強い信頼関係を築いているのでしょうね。留学している子ども達に、イギリスで誰が一番頼りになるかと尋ねると、殆どの子が「先生と友達」と答えるのも、納得です。

 

小学生の留学:「早く行かせた方が英語がうまくなる」は、論外!!

昔は高校生の留学ばかりでしたが、最近は小学生の留学がとても増えています。「小学生なんて何もわかってないから行かせるには早すぎる」とおっしゃる方もいますが、留学に関して何もわかっていないのは、小学生も高校生も同じ。むしろ小学生の方が順応は早いですから、私は悪くないと思います。 ただ、その理由として「早く行かせた方が英語がうまくなる」というのは論外です。英語はあくまでツールであり、目的ではありません。以前、外資系企業にお勤めで、自らも大学院で留学したという親御さんが、小学生のお子さんを留学させたい、と相談にいらっしゃいました。私は、「親御さんのように大学院から留学しても遅くはないのでは?」と尋ねました。すると、「英語はスタートが遅くてもどうにでもなります。でも、ビジネスシーンでのディスカッション、ディベート、交渉事になると、幼い頃からそういった教育を受けている外国人には勝てないと実感したのです。」と、さすがに厳しい現場で活動する方らしい鋭いお答えが返ってきました。以来、色々な留学生や親御さんたちにご紹介しているのですが、そう、重要なのは、早くから英語が話せるようになることではなく、国際社会で対等に渡り合っていけるだけの「中身」を持つことなのです。その意味では、前述のようにイギリスの教育はとても魅力的ですよね。

 

自分の力で生きていく強さ、自信をつけて帰国する子どもたち

留学して帰ってきた子どもたちを見て一様に感じるのは、「自信がついたな」ということです。うつむきがちで暗かった子が、背筋をピンと伸ばして座り、目を見て話すようになる。大人と話すときにも堂々としている。(イギリスの先生との関係の中で、大人に対する信頼感が生まれているのでしょう。)
まったくの異文化に溶け込む苦労を経験しているので、これからどこに行ってもやっていける、と皆言います。また、良い意味で自分を解放されてくる子も多いです。以前サポートした方で、厳格な進学校に通っていて、親御さんも「この子は頭が固い」と困っていた高校2年生の男の子がいました。その子は留学1年目は、まわりの子達を「たるんでいる」、とバカにしていました。ところが、2年目からみるみる変わり、「あんなにガリガリやらなくても、勉強はできるんだと気づいた」と言い出したのです。スポーツなど様々なアクティビティにも参加するようになったその男の子は、帰国した頃には大変ユーモアがあって楽しく、スマートな青年に成長していました。(彼は今、慶應大学に通いながら法科予備校とダブルスクール中)

 

「広い視野を持つ」って本当はどういうこと?

前述の男の子が、面白いことを言ってくれました。よく“広い視野を持つ”といいますが、それはただ色んなものを見るということではなく、「今までの自分では到底理解できないようなことに直面して、“それもありなんだ”と思うこと」だ、と。つまり、自分とは全く異なることを受け入れていくことだ、ということですね。これは、異文化に突然放り出されて、切磋琢磨された彼自身の経験から生まれた素晴らしい視点だと思います。

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